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福岡高等裁判所 昭和22年(ナ)11号 判決

原告

橋本甚之助

被告

宮崎縣選擧管理委員會

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負擔とする。

請求の趣旨

被告が昭和二十二年六月九日爲した異議の申立は理由がないとの決定はこれを取消す。同年四月三十日執行の宮崎縣兒湯郡選擧區における官崎縣會議員選擧はこれを無效とする。訴訟費用は被告の負擔とする。

事實 (省略)

理由

原告が昭和二十二年四月二十日執行の宮崎縣兒湯郡選擧に區における宮崎縣會議員選擧に當り、同月十五日通稱六甲仙人として立候補の屆出をした事實、被告委員會が右選擧に當り内務省地方局長の通牒に基いて作成した候補者の氏名及び所屬黨派一覽表中、右兒湯郡選擧區關係の一覽表に原告の氏名を遺脱した事實、及び原告が被告委員會に對してその主張のような異議を申立て、これに對して被告委員會が「候補者一覽表は法規によるものでなく便宜發行したものであるから、これに關して脱漏等不備の點があつても、地方自治法第六十七條にいう選擧の規定に違反するものとはいえないから選擧は無效とはならない。」との理由で「異議の申立は理由がない。」との決定をした事實は、いずれも當事者間に爭がない。

そこでまず地方自治法第六十七條の「選擧の規定」という意味を検討しなければならない。

思うに、選擧法一般の規定を貫く選擧の純粹に關する精神は、選擧の自由公正という理念をその基盤としていることに疑のあろうはずはないのであつて、選擧法のもろもろの條文は實にこの選擧の自由公正という基盤的精神に則り、且つ、これを惜しみなく示現するために最適と認めらるる手續形式を定めたものに外ならないのであるから、選擧法の規定に違反することは、とりもなおさず選擧の自由公正を害することを意味し、また選擧の自由公正を害するものであるが故にこそ、法規の改變を越えて終始一貫、これを選擧無效の原因としてとりあげてきているわけである。方自治法第六十七條の趣旨及び沿革もまた同樣である。ここにいう「選擧の規定」とは、選擧の管理執行の手續に關する選擧法の規定を指すものではあるが、前説示により明らかなようによリ本質的に實態をつかめば、すなわち「選擧の自由公正という理念」を意味するものと解すベきものである。もとより法令上の明文のみを指すものでないことについては、更らに言を用いるの要はないであろう。また法令上の明文であつても、それが選擧の自由公正という理念にかかわりのないものであれば、これに當らないであろうこともいうまでもあるまい。

ところで、本件の候補者の氏名及び所屬黨派一覽表が内務省地方局長の通牒に基き當該選擧區内有權者の各世帶への配布を目的として、被告委員會の手により作成發行されたものであり、上部當局が右一覽表に思をこらした期待は、有權者を對象として專ら立候補者の撰擇及び棄權の防止等のいわば後見的・敎化的なもの以上には出ておらず、換言すれば選擧人の利便に供するのがその目標であつて、被選擧人の利益を考えてのことではなく、且つ、用紙及び印刷能力等の面からの制限もあつて、被選擧人全部をひとり残さず掲記することを要件としたものではないことは、成立に爭のない乙第二十五號證によつて容易に看取できるところである。しかし、宣傳が有力な武器である選擧において、有權者一般に配布さるるある種の文書に、特定候補者の氏名が掲記されているといないとでは、その候補者にとつて相當の利害のひらきがあるであろうことは誰しも首肯するにやぶさかでないであろうし、ましてや、民主選擧とはいえ、いまだに官尊の遺風が淸算しきれない現時の選擧の實情において、一覽表が縣選擧管理委員會名義の歴とした文書であつてみれば、この限りにおいては一應、前記利害のひらきはなみなみならぬものがあるといえるもののようである。さすれば、一覽表に特定候補者の氏名を遺脱することは、選擧の自由公正を害し、ひいては「選擧の規定」に違反するものといわなければならない。從つて、原告の氏名を右一覽表に掲記しなければならなかつたのに、被告委員會において不覺にもこれを遺脱するの過誤をおかしたことは、被告の自認するところであるから、被告委員會が原告からの前記異議申立を排斥するについて示した前記理由は、到底正當であるとはいえない。

しかしながら、成立に爭のない乙第三乃至第十七號證(第四號證、第十一號證、第十六號證は各一、二)、同第二十三號證甲第一、二號證、證人秋山恒〓、重永久雄、黑岩正三、富田〓伯(以上四名いずれも第一、二囘)、野田晃、日高虎雄、〓渡淸美、長野忠臣、堤克巳、中村正作(一部)、宮内國雄(一部)、小島〓(この證言中に乙第十八號證の一、二とあるのは乙第二十四號證の一、二を指すものであることについては、當事者間に爭がない。)の各證言及び右證人小島の證言によつて成立の眞正を認める乙第二十四號證の一、二を綜合すれば、用紙及び印刷能力等の面からの制限から、その掲載を四月十六日迄に立候補の屆出をした候補者に限るものとして、掲載候補者の範圍を限定し、この方針に則つて一覽表を作成し、各一覽表毎に「十七日以後の立候補者は掲載されていません。」とのことわりがきが明記されてある事實、本件選擧區關係の一覽表が四月二十四日被告委員會から右選擧區地方事務所内の被告委員會囑託員に送付され、即日右一覽表に原告の氏名の遺脱しているのを發見した右囑託員が、同日囑託員としての機宜の創意に基き、また同月二十八日頃被告委員會からの改めての指圖に基き、被告主張のようなそれぞれの指圖を、區内各町村選擧管理委員會當局に爲し、右囑託員の創意に基く二十四日の指圖については翌二十五日囑託員からのその旨の電話報告に對し、被告委員會の承認したところであり、各町村選擧管理委員會當局が囑託員からの指圖に從つて、各世帶配布の一覽表中まだ配布前で追記可能のものは一枚毎に追記し、既に配布濟みで追記不可能の關係分については、囘覽板を以つて追記に代る通告をし、また、投票記載場備付の一覽表に追記し、執るべき處置に缺ぐるところのなかつた事實及び一覽表における原告の氏名の遺脱がさして有權者に影音を及ぼさなかつた事實を認めるに難くない。

證人鹽月管一、宮内國雄、中村正作、平野周作、大佐豐春(第一、二囘)の各證言中、右認定に反する部分は措信できないし、その他にはこれを左右する證據はない。

これによつてみれば、被告委員會が一覽表に原告の氏名を遣脱したことの過誤は、救濟補填されて適時に治癒され、その瑕疵は痕跡をとどめなかつたといえるし、また、一覽表がその負荷された役割を果たすため、その用方に從つて流通におかれてから、右瑕疵が適時に治癒されたまでの間には、格別の空白があつたとはいえないから、原告の氏名の遣脱のない完全な一覽表が各世帶に配布されたと同一の結果に歸したものと斷ずるに十分である。

さすれば、一覽表に原告の氏名を遣脱したことを以て、選擧の自由公正を害し、ひいては「選擧の規定」に違反したものとはいえないのである。

のみならず、前記のように救濟補填されて遣脱の瑕疵はその痕跡をとどめなかつたし、もともと一覽表は候補者全部をひとり殘さず掲載するものではなく、且つ、各一覽表毎に「十七日以後の立候補者は掲載されていません。」とのことわりがきが明記されてあつて、一覽表を見た有權者としては、これに特定候補者の氏名が掲載されていないからとて、その候補者が立候補を辭退したものとか、また立候補はしていないものとかを一覽表だけで輕々に考えるなどのことはあり得るはずのものではないしするから、單に一覽表に原告の氏名を遺脱したということだけで、選擧の結果に異動を及ぼすおそれがあるとはいえない。この點からいつても、本件選擧は無效ではないのである。

されば、原告の前記異議申立を排斥した被告委員會の決定は結局正當であるから、右決定に不服があるとして出訴した原告の本訴請求は失當といわなければならない。よつてこれを棄却し、訴訟費用の負擔について民事訴訟法第八十九條を適用し、主文のように判決する。

(小野 森 桑原)

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